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◆地球温暖化を考える (1)

2007年5月22日

エコロについて思いをはせる際に避けて通れないのが「地球温暖化」だ。実際のエコロ活動がこの地球温暖化対策に基づいて(具体的には京都議定書)行なわれている以上、何が地球にとって一番良いのかをまず考えてみたいと思う。

最初に申し上げておくが、この問題に対する考察は「これが答えだ」というものがない。それぞれの考え方に拠って、それぞれの解答らしきものがあるくらいだ。それでも、行動の基礎に理論がないと動きづらい私たちは、一定の見識を求める。その最上位に位置しているのが今の時点では京都議定書なのだと私は思っている。

人為的に地球が汚染され、それが地球を破壊している。まずは、地球の温暖化より前に、事実としてこのことを考えたい。環境破壊はどの生物よりも激しいし、その破壊の規模は拡大している。破壊は、意図的になされているものと、無意識下でなされているものに分類される。意図的なものの代表は、紛争(戦争など)だろう。人体破壊、建設物破壊などとともに自然破壊も余すとことろなく行なわれる。エコロを考慮して作られた武器というのがあるのだろうか?これはエコロ検証でより深く調べてみたい。

無意識下でなされている破壊の代表は、経済活動の推進によるものが挙げられる。経済は常に破壊を生む。何故かと言えば、創造には破壊が表裏一体でついてくるものだから。また、経済推進力は「保全」を含まない。自然の保全も、また含まないのだ。だって、生産しないことが最大の自然保全なのだから。つまり、自然保全の究極は生産しない(これは人間には死を意味するか)ことを目指すしかない。経済活動とは真っ向から対立する。

地球温暖化対策は、経済活動の抑制に主眼が置かれている。経済活動をも規制する規律として、地球温暖化対策を持ってこようとしているわけだ。これは難題である。何せ勝ち抜ける経済活動とは、常により良く生産することをその旨としている。各国、各企業の利害が一致すれば良いが、もしそんなことが可能であれば競争原理など最初から働かず、経済活動は行き詰るのではないか。事実、アメリカの主張とその他大多数の主張は食い違い、アメリカが脱退する事態となる。他にも、先進国と発展途上国の利害対立も見られたようだ。

私は論理的に地球温暖化を解説しているわけではない。どちらかというと、「私も本質を知りたい」というのが一番的を得ている。「環境保全とかはなにか?」「二酸化炭素濃度の上昇は本当に地球を破滅させるのか?」「そもそも地球は温暖化しているのか?」などお座成りに出来ない論点がある。地球温暖化の本質を探る上で、検証していこうと思う。

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で、そこで本サイト「ふと、エコロ人」について。私自身は、本質に近づきながらエコロ活動をしたいと考えている。小難しい論理は、趣味としてやる。だって知りたいから。けど、小難しい論理にがんじがらめになって、実際の行動を妨げられるのは真っ平ゴメンなのだ。論理と行動を分離しても、差し支えあるまいという立場である。

一つだけ、分かっていることがある。

「ゴミを出すのは良くない。いや、好きじゃない」

出来るだけゴミを出さない生活スタイルに変えてみようと思う。このスタイルのデメリットは何といっても「不便に耐える」ことだ。一度手にした利便性をもう一度見直してみる。難しいだろう。自信などない。けど、もうサイトを作っちゃったからさ。協力してくれる組織、企業、個人が集まってきたことも大きい。

それと、不便に耐えるとはいえ、「それが面白かったら」それでいいかなとも思う。話題に出来たり、仲間が出来たりという具合にね。押し付けられるのは、生来大嫌いという仲間と一緒に始めたサイトだから、押し付けのない形で運営していきたい。これが基本スタンス。

そして、、、自分たちが生きていければ、大満足なのです、ハイ。