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ショッピングバッグ編

其の1■面倒じゃあない?

・コンビニレジ袋考察
だってせっかくお金を払って便利を買ってんだよ、コンビニなんだし。それなのにわざわざ不便を許容するってのも納得できん。承服しかねる。レジ袋って便利だ。特にお弁当を買ったときなど。そのままゴミ袋になるし、汁物などが若干残ったときも安心して規格ゴミ袋へポイできる。

普段の生活スタイルにもあってる。仕事や遊びで街に出るとき、往々にして手ぶらスタイル。かさばるのは文庫本くらいだが、これもポケットでカバーできる場合がほとんど。となると、わざわざショッピングバッグを持ち歩くわけもない。その日に買い物をするかどうかは気分で決まるのだから。バッグを入れるためのバッグとかこれ如何に!?

後は、レジ前で「レジ袋要らない表明」をしなければいけないのが面倒。会計前に袋に入れられちゃうこともあるし、「あ、う、いや、いいです」ってことになるのがオチ。だいたい、レジの人と会話するのも、「温めますか」「はい」くらいだ。それ以外の会話を必要としないところがコンビニのコンビニエンスなところなのだ。

・方向転換を決意する
上記の理由で、ショッピングバッグをコンビニで使うのは面倒。ただ、そんな私が「本当にそれでいいのか?」と思い出したのには理由がある。コンビニのレジ袋って小さいものを買ったときにもくれる。それが部屋に散乱することが少なくない。当然ゴミの日に規格ゴミ袋に整理することになる。袋イン袋だ。買い物時にはフル活用された利便性が影も形もない。ただ邪魔。よって捨てる。

ものを捨てるのには2つのパターンがあるように思われる。

(1)一義的に使われて、すぐに利便性を失い捨てられる
(2)様々な場面で効力を発揮するも、物理的非永続性に逆らえず惜しまれながら捨てられる

いやはや、(1)を人間に置き換えると。。。悲しいね、いや、侘しくすらある。(2)だって捨てられているのだが、愛情が感じられる、そこはかとない愛情が。

いま人間界(そんなものはないだけれど、概念として))に存在しているものは、そのほとんどが人間のエゴに無関係ではない。もちろん自然に存在しているものもあるのだが、人間のコントロール下に置かれている。コントロール出来なくなれば排除されるのだから。そう思うと、ものをどう使ってあげるかに対して私自身、責任を負わねばならんのではないか。と、そう思い至った。

いままで「利便性」を感受してきた。それを捨てられるのか?いや、すべてを変えるのは無理だ。また、方向転換したとしても、人から「そうすべし!」とか「何故あなたはそうなの!この鈍感!」なんて言われるのも真っ平だ。

・出来ることから始めてみるか
『所詮人は己の知る事しか知らぬ』といったのはラウ・ル・クルーゼだったか。それは仕方のないことかもしれない。しかし、ソクラテスは『無知の知』を善しとしている。認識することは大切なのだ。だからこそ、出来ることをしようかと。始めてみようと思い至ったわけだからやらない道理も、又ない。

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